なし崩しじゃあ ノーグッド
 


     




彼ら二人がそれぞれの身を置く場所は、
同じヨコハマというディープな港湾都市に在りながら、
証拠奪取のためなら強行もやらかしますという ややダークな正道と、
漆黒の闇に包まれた真正の犯罪行為とをそれぞれで担当しておいでの、
此岸と彼岸というほどに遠い遠い反目対象同士であり。
確かにそれはそうなのだけれど、そうなるに至った経緯がまた複雑で。
そう簡単には解けないほどに色々と錯綜していての結果じゃああるが、
それでも譲れぬ、出会うべくして出会ったのだと天啓のようなものまで思うほど、
ずっとと貫いていた互いへの想いは揺るがぬままに、
あなたしかいないのだと焦がれ続けて歳月は過ぎゆき。
それがやっとのこと、素直に懐ろ開いての、
恋しかったその身を寄り添わせることが出来るよになって。
大手を振って寄り添い合うには、厄介で複雑なところがまだちょっと残っちゃあいるが、
疚しさや臆病さから ついのこととて逃げることなく、
お互いの瞳にお互いが宿るほど真っ直ぐ真摯に見つめ合ったから。
何が一番大切なのか、つないだ手の温みさえ忘れないならもう大丈夫なのだろう

  …かと思えば、
  いやいや、そこはさすがにまだまだなようで。

何でも知ってる、機転も素早い、
懐ろの尋も深々と、そりゃあ頼もしき大人という態でいたはずのお人が、
心の空隙は埋まってないままだ、依然として乾き切っている…と言わんばかり、
相手の青年へ隙あらば構い倒すことを中心に日を送っており。
もう片やは片やで、放置されすぎたことによる我慢のしすぎか、
虎の少年以上に “もっと”を知らない人なものだから。
不器用なところが噛み合わず、なかなか落ち着かない人たちならしく。
しかもしかも、

 まさか あの芥川が、ああまで天然だったとは……

そもそも、歴代最年少幹部が自分で目利きして側近とした幼い少年だったため、
太宰へ盲目的に従順なのも当たり前だろうと思っていたし、
どれほどひどい“教育”を受けても音を上げないのは見上げたものだと思われてもいたが。
そんな彼の禁忌的なところや冷酷さ、強さへの激しい渇望などなど、
ようよう目に付くものがあまりに鮮やかだったせいで誰も気づかなかった一面が、
このところの安寧の中でぽろぽろと零れてやまずで。

 「天然だったというか、
  抗争や破壊活動にばかり生活が偏りすぎてて
  知らないことが多すぎると今になって判ったということじゃないでしょうか。」

敦がおとうと弟子扱いされるようになり、
そんな間柄として接して来たこのところというほんの数週間の間にも。
バナナやシュークリームのマナー通りな食べ方は華麗なのに、
コンビニおむすびのパッケージの正しい開け方が判らないという可愛いものから、
先だっての“実家へ帰ります”まで、
意外なところで唖然とするような物知らずっぷりを発揮しており。

「あと、雨の日にお店の出入り口に出される傘袋も意味が判らないようでしたけど、
 車を使うか濡れても構わないかのどっちかで、傘自体を滅多に差さないとかで。」

何処のロンドンっ子だそりゃあ。
風邪を引くから ちゃんと使うようにって、
じゃないと会う約束しないって ちょっときつく言ったら、
折り畳みのを目の前で買ってくれました、と
やっぱり可愛いご報告が新たに出たほどで。

「……。」
「傍にいた先輩が教えなかったのが悪いんだろうな、そりゃ。」

そこまでとはと言葉が出ない太宰に呆れ、
中也が肩をすくめて見せる。

「何しろ幹部様だったから、
 実は“先輩様”本人も何にも知らなかったのかも知れねぇな。」
「キミこそ直近の4年もずっと傍にいたんじゃあないか。」
「俺がいたってことはコンビニや店屋物には縁がなかったってことだろうが。」

 “何か話が逸れてきたような。でも…。”

中也さんが傍にずっといたなんて、やっぱりうらやましいなぁと、
こちらもこちらで胸の内でちょっぴり もぞりとしかかった虎くんだったりし。
ちなみにコンビニおむすびの開け方を教えたのも敦で、
それへは、

「樋口さんが私へ苦情の陳情に来た。」
「え?」

社外に居たところを待ち伏せされてのことらしく、
そんなせいか敦にも初耳なことで、

「よっぽど気にいったのか、
 10日ほどのずっと、昼食にそればっか食べてたらしくて。」

 それも、彼女には判る微妙さながら、そりゃあ楽しそうだったらしくてね。

「こうまで強い刷り込みは
 探偵社の太宰治が言ったからに違いないと思い込んだらしくて。」
「ありゃ。」

 あの子、本当に思い込みが強いよねぇ。幹部の補佐としてどうなの。
 安心しろ、私的モードのスイッチが入ったときだけだ。

思い当たることが多々あるのか、中也も苦笑が絶えないという顔になったが、
そういった余談はさておいて。

「最初は慣れないことだからだろうって思ってたんだけど。」

……主筋って何のお話だったっけ?
あ、そうそう、キスするときに目を瞑らない芥川くんだって話でしたっけね。
武装探偵社とポートマフィアとにまたがる格好で
武力的頂点に立とう“四天王”な人たちだってのに…何て平和な話題だろうか、う〜ん。
そのうちの後衛担当である 太宰と芥川。
冷静で応用が利き、即妙なフォローも秀逸と来て、
秀麗な見た目そのまま、ずば抜けて有能なお二方だというのに。
リードする側だろう頼もしくも大人な佳人が、
何とも可愛らしいことで ここまで人騒がせにも思い悩んでいるのが実情だったりし。
撫でつけない深色の蓬髪がむさくるしくは映らぬ、
むしろしっとりとした愁いを感じさせる印象的な美貌に、
知的な静謐や鷹揚さと、若い男性なりの精悍さとが程よく同居する雰囲気と。
雄々しいという方向ではないものの、
それでも頼り甲斐のある大人の男性然としていながら、

「毎回毎回 “そろそろ目を瞑ろうか?”と言ってるのに、
 何で覚えないものかなぁと思ってね。」

プライヴェートにもほどがある閨房事情を持って来て、
悩ましげな吐息をつくのが何ともはや。
こちらのお二人が先程展開したようなそれ、
それなりにしっとりと睦み合いたい気分となって、
身を寄せ合ったそのまま じいと互いを見つめ合うところまでは同じなのに。
その先がいつもいつも同じ躓きに乗りあげちゃうものだから、
初心者なまんまの彼に無理強いするわけにもいかずで、
何と言いますか、先に進むなんてとんでもなくって。

「結果、ちょんっとキスするだけで終わってるんだな。」
「それはまた……。」

そんなに嫌なことなのかなと、一度思い切って訊いたこともあるのだけれど、

 『…っ!』

そんなことはないですっと、
あの大きい目がこぼれだすんじゃないかってほど両眼を見開いて、
ぎゅぎゅうってしがみついて来て懸命にかぶりを振るものだから それはないらしく。

「…だから、目を瞑らないのが問題なんじゃなかったか?」
「そうなんだけど、」

何だか恥ずかしくなってきた参ったなぁと
後ろ頭に手をやり、苦笑した太宰としては、

 “どう言ったら伝わるか判らないですって言わんばかりに、
  声もないままボロボロボロッて泣き出しちゃったんだもの、絆されるじゃない。”

こればっかりは彼らに言うわけにもいかぬこと。
通じたものがあったのだと そこはそれで押し通し、

「初心者でも何とはなく瞼が降りるものなのに、
 何でまたそこまで頑として目を瞑らないもんなのだろうね。」

新手の惚気かと一蹴することも出来ぬほど、
困った困ったと眉を寄せてしょぼくれてしまう彼なので、
返事にも困るが、気の毒だなぁとは思う。
こんな話を持ち込むこと自体、本来の彼らしくない。
最も大切で、なればこそ一番の弱みでもあろう人のことだろうに、
他言するなんてらしくない。
共通の地盤があるからというだけじゃあなくて、
そこまで中也を頼りにし、ここまで胸襟開いた話が出来るということか。

  ……それともやっぱりただの惚気なのかもしれないが。(……)

確かに、そうまで間近に寄られては、
ついついたじろいで目線のやり場に困り、結果として押し負けて瞼が降りる。
相手が自身もゆっくりと瞼を降ろして誘っておれば尚更で、
そこが上手だとお褒め頂いた中也としても、
そういうことは人それぞれで、彼の青年がどんな心境でそうなのかなんて判りはしない。
彼の側からもそりゃあ執着していたはずの太宰を相手にというだけに、
尚のこと、理解が及ばず戸惑うしかないのだが。

 「もしかしたら……。」

ふと口を開いたのが、
この顔触れの中じゃあ一番初心者だろう敦少年で。

「目を瞑るのが怖いのかもしれません。」
「怖い?」

頼もしい二人に同時に視線を向けられて、
おおうとその身を後背へ逃がしかけたほどに ちょっぴり怖じけかかりつつも、

「院に居た時に、シャンプーするとき いつも目を閉じない子がいたんですよ。」

年上の子に、風呂で目を瞑ったら
どこからかお化けが出て来て噛みつくとかなんとか脅かされたらしくて。
そうと続いたのへ、
ああ子供の話かと表情がほどけかかった二人の兄人だったが、

「目が痛いだろうにって、あんなの嘘だよって言ったんですが。
 その子が言うには、
 自分は寝てる間に両親がどこかへ行ったから、それってきっとお化けが連れてったんだと。」

「……。」
「それ…。」

目を閉じた隙に大事な人がどこかへ行ってしまうかも知れない。
こうまで間近にいるというのに、そんなことになったらと怖くて怖くて、
それで目を瞑ることが出来ない彼なのかもしれぬ?
敦が例に挙げたのは幼い子供の話ではあったが、

「前科があるもんなぁ。」

特に非難するような語調ではないながら、
それでも…短くぽそりとつぶやいた中也だったのへ、

「……。」

口許へゆるく握った拳を当てて表情を隠し、
何かしら深く考え込んでしまった太宰であり。
敦はまだ、詳細までは聞かされてないが、
元はポートマフィアの幹部だった彼が今はそれを叩く此岸側の存在になっている以上、
そちらから相当な覚悟をして身を引き剥がした時期があったに違いなく。

 “師匠だった太宰さんが、
  何も告げないでいきなりいなくなったのだとしたら。”

今の睦まじさを引っ繰り返すようなレベルの
痛さと辛さと悲哀に襲われた芥川だったのだろうなと、
なればこその あの怒りや自分へ向けられた恫喝だったのだろうなと
今更ながらに思い当たり、
されど何故だか寂寥ばかりが込み上げて来て
ついつい自分の胸元へ手を伏せる敦であり。
それが誰かをいたわるような、何か祈るようなしぐさに見えて、
ついのこととて目を奪われてしまった太宰だったようだった。




  ◇◇


芥川青年がどう思ってそうなのかは、結局は彼にしか判らない。
ただ、太宰としては敦の持ち出した話が随分堪えたらしく、
騒がせてすまないねと短く言うとそのまま立ち上がり、
現れた時の騒々しさがずんと過去の話に思えるほど
それは静かに辞去していって。

「太宰さんって芥川くんのこと大事にしているんですね。」
「? そりゃあまあ。」

中也としては二人の間に長く居座っていた確執から知っており、
再会が叶ってからの太宰の心境とやらも聞いている。
だから余計に、それは今更だと感じたが、

「だって、何て言うか
 キスにしても接し方にしても自分の思う通りにすればいいことでしょうに。」
「んん?」

経験だっておありでしょうから、それなりの手順で接してもいいでしょに。
ボクがそうなように、ボクが中也さんに引っ張ってもらってるように、
さあおいでって、任せてって構えればいいことでしょうに。

「キスする寸前にじっと見つめられてるって、そんなにおっかないんですかねぇ?」
「う〜〜ん。」

どうだろなと曖昧に応じた中也だったが、成程と今にして気付いたのが、
臆病になるほど慎重に構えざるを得ない太宰なのだということ。
それは手ひどく裏切った格好になっての別離を
まだまだ幼い十代の身で耐え続けた芥川だと、重々知っている彼なのであり。
怖がられたり嫌われたりすることを恐れてではなく、
それは純粋に“二度と傷つけたくはない”と思うから、
曾てのようにああしろこうしろと強引に出られぬ彼奴なんだろうなと。

 “……。”

そこまでを思って、だが、自分の方を見やって来る敦だと気づくと、
ざんばらに降ろされた前髪を片手でがばっと梳き上げ、
ふるると揺することで均す、いつもやってる仕草を見せつつ、
にっかりと殊更に力んで笑って見せて、

「あいつらのことはもういいさ。」
「え?」

いいように掻き回されたけど、
もう片付いたんだからこの話は無しと、小さな肩を引き寄せる。

「仕切り直しと行こうじゃねぇか。」
「あ…。///////」

俺はどこにもいかねぇし、
あ・でも目ェ瞑ったら噛みつきはするかもだなと、
くつくつと笑う中也なのへ、
ああと、敦も気持ちを入れ替える。
いきなり飛び込んで来たご相談だったが、解決も進展も彼らのもの。
なので、もう触れずにいようやとする中也に右へ倣えだと、
すぐの傍に腰かけていたそのまま、顔を見合わせ、
ふふーと へへへというそれぞれの笑みが交差して。
敦の小さな顎先を中也の柔く握られた右手が捕まえて、
そのままお顔を近づけかかったものの、

 「…。」
 「…。」

同じ間合いでついつい周囲を見回したのは言うまでもなかったのでありました。




  to be continued.(17.05.22.〜)



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 *キスの日にちなんだ
  何てことない“ちょっと聞いてよ”なネタ噺だったんですが、
  長引いちゃったもんだから
  深刻な話みたいになっちゃいましたね。
  もうちょっとだけお付き合いくださいませです。